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2019年08月05日

投手を故障から守るのはエビデンスではなくルールだ

文:岩渕翔一

高校野球地方大会もすべて終わり全国の代表校が決まった。
明日、8月6日からいよいよ全国大会が始まるという中、今でも議論が尽きることがないのは、岩手県の決勝戦で試合出場がなかった大船渡高校の佐々木朗希投手の件だ。
 
議論の要点は大まかに以下の点だ
・決勝戦での登板回避について
・4回戦盛岡四戦での194球完投の是非
・準決勝一関工戦で中2日での129球完投
・肘の違和感を訴えたと言われていること
 
ここではこれらについて意見や私見を述べるつもりもないし、経緯を改めて記載することもしない。現場しか知らないことは絶対にある。その中で下された判断は尊重されるべきであると考えるからだ。
また、そもそもこの議論は佐々木朗希投手の圧倒的なポテンシャルがあったからこそ生まれた議論だ。高校生でMAX163kmは特別視されて当然だし、野球好きでなくとも、スポーツが好きな者であれば見てみたいと思うのが当然の心理だろう。だからこそ物議を醸している。
 
今回のことを受けて、
・過密な試合日程
・球数制限
・登板間隔制限
などが様々なところで意見が述べられている。昨年は金足農業高の吉田輝星投手(現・日本ハムファイターズ)が地方大会から全国大会決勝途中まで一人で投げたことから同じような議論が起こった。
 
様々な意見や考え方があるという前提で、球数制限や試合日程、登板間隔など必要だと感じている方、不必要だと感じている方両方に伝えたいことがある。
 

監督は矛盾した2つのことを共存させなければならない

基本的に投手の投球動作において、肘の靭帯や肩に炎症を起こすほどの負荷がかかっているということは紛れも無い事実だ。だから投球後は炎症を抑えるためにアイシングをするし、大会期間中など特別な理由がなければ少なくとも翌日はノースローにして回復を促す。夏の選手権のような、負けたら終わりの大会ではなく、例えば日々の練習試合であれば投球数も常識の範囲でしっかり管理されているだろう。

さらに身体に負担を出来るだけかけないようにと効率的な投球フォームの獲得にも着手するし、日々のケアもしっかり行う。これは指導者も選手もその責任の中でしっかり行うべきだし、実際行なっているチームがほとんどだろう。
一方で、監督やチームスタッフが、自身が関わるチームを勝たせたいと思っていることも当然だ。選手が試合に勝ちたいと思い、なんとして勝とうとすることも当然だ。勝つためにどうすればいいのかを考え実行する。それも監督の仕事だ。選手は勝つことを目的に全力でプレーするし監督は勝つために最善を尽くそうとする。
そういった意味で今回の大船渡は非常に分かりやすい。私立の名門校ではなく大船渡は公立高校だ。「勝つ可能性」を考えれば佐々木投手が投げるほうが高いに決まっている。
 
・チームの勝利のために最も確率が高いであろう作戦を考え実行する監督としての立場
・チームの選手を守るための監督・教育者としての立場
 
この矛盾した両者を共存させなければならないのが監督という役割だ。選手はどんな状態であれ、使われた以上全力でプレーするだろうから尚更だ。
 

投手を守るのはエビデンスではなくルールではないのか

 
球数制限や登板間隔などの投球制限の導入には必ずある主張が出る。
 
「エビデンスがない」
 
球数制限や登板間隔を設けることで投手の故障を防ぐ(減らす)ことができるというエビデンスがないという主張だ。
 
申し訳ないがそんなことは当たり前のことだ。
 
例えば、
球数制限を導入した投手100名と球数制限を導入しなかった投手100名で高校卒業までの障害発生率を調べる。
 
このような研究計画を立てたとする。こんなものは即刻倫理委員会で却下される。当たり前だ。一方の障害発生率が高くなると考えているにも関わらずそれを研究対象にすることは明確に倫理に違反する。分かっているなら研究ではなく対策しろよということだ。
 
・メジャーリーグでは中4日、投球数100が目安
・NPBでは中6日、投球数120球程度が目安
・筋肉疲労の回復には48〜72時間必要
・投球で肘や肩の負荷による炎症は必ず起こる
たったこれだけを見てもどうすべきか答えは出ているのではないだろうか?
 
仮に高野連がなんらかの投球制限を導入すれば、投球制限がなかったこれまでと、導入したこれからという縦断研究が可能になり、より良い投球制限の検討とエビデンスを作っていくことが可能になるだろう。日程も然りだ。
研究者が倫理に違反する研究はできない。
野球が先に進むためには現場の変化が必要だ。その判断を下すに必要な間接的な研究とエビデンスは十分揃っているはず。
これは野球という競技そのもののため。野球をプレーする選手や指導者のため。現場が率先して常に最善だと考えられる措置を取り、その結果検証を行う形でなければより合理的な対策は恐らく進まない。
 
今、この瞬間に選手を救えるのは投球制限が投手の障害予防に有効であるというエビデンスではない。監督や指導者、チームスタッフ、選手自身。なにより野球というスポーツを運営する組織団体。現場にいる者だけが、最前線で迅速に選手を守る策を講じ実践できる。そのために必要なことがなんなのか。それを考えるためのエビデンスやデータ、情報、経験は十分は揃っているはずだ。
そして勇気を出して踏み出した新しい一歩が、更なる予防策の発展とエビデンスの構築に繋がるはずだ。
 
先に述べたように最前線の現場にはジレンマがある。そして想いがある。では運営サイドはどうだろうか。
ルールはなんのためにあるのか。競技の秩序を守るためだけではない。選手保護という側面がスポーツのルールにはなくてはならないことを忘れてはならない。
 

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