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2019年05月13日

下半身を使うの正体

文:岩渕翔一

多くのスポーツで下半身をうまく使うことは重要なトピックの一つです。取り分け野球においては、
・ケツから踏み出せ
・軸脚を安定させろ
・腰で打て
・下半身の粘り
・下半身をしっかり使え
など、投球打撃両方において下半身の重要性を裏づけるかのような、いわゆる「野球用語」が存在します。
投球は最終的に指先、打撃は両手で持ったバットで完結するにも関わらず、指をどう使うかやバットをどう持つかは選手の感覚に委ねられることが多く、下半身をどう使うかのほうが指導や練習で重きを置かれることが圧倒的に多い印象です。
 
では、そもそも「下半身を使う」とはどいうことなのか。この抽象的な言語の奥を投球動作を中心に考えてみます。
 

下半身の正体

そもそも下半身とはどこからが「下半身」なのでしょう?股関節から?骨盤から?
どうでしょうか?
おそらく各個人のイメージによって変わってくるのではないかと思います。私もネット検索してみましたが、実に多様な解釈がありました。
実は下半身というのは身体の学問である医学用語ではありません。ですので、明確な定義づけがないのが現状です。
ではどのように下半身を定義づければ良いかですが、観点は2つ。
1.上半身との境目を明確にする
2.運動様式によって定義づけを変える
 
1.上半身との境目を明確にする
これは簡単です。人の重心は骨盤内で仙骨のやや前方にあります。重心の位置を足底から計測すると、成人男子で身長の約56%、女子では約55%の位置にあります。(重心の位置はプロポーションによって個人差があり、小児では相対的に高位にあるために立位姿勢保持が不安定となります。)。ですので、ここを境目に上半身と下半身を分けるという考え方。


2.運動様式によって定義づけを変える

基本的に、人の運動様式には2つのパターンがあります。開運動連鎖(OKC)と閉運動連鎖(CKC)です。開運動連鎖(open kinetic chain;OKC)とは、手や足を床面から離した非荷重位での運動。閉運動連鎖(closed kinetic chain;CKC)は、手や足を床面に付けた荷重位での運動を指します。

この運動様式に投球動作に当てはめると、投球動作は多くの相でCKCの動きになります。
「どこまでが下半身なのか」の議論は骨盤帯を含むのか含まないのかとほぼ同義になるかと思います。ここでOKCとCKCの概念が大切になります。CKCの場合、股関節が可動するには骨盤の動きがなければ不可能です。ということは、この運動様式では下半身に骨盤を含む必要があり、骨盤から下が下半身。それより上位は上半身と定義づけることができます。
つまり、CKCの動きが多いピッチングやバッティングにおける「下半身を使う」とは骨盤を含む下半身の動きを指していることになります。
 

下半身を使うの正体

 
下半身がどこからどこまでかがはっきりした上で、下半身を使うというのは具体的にどういうことなのかを考えてみます。

1.最終的に上半身にある指先で完結する投球動作において、下半身の第一の役割は、上半身操作を安定して行うための土台としての役割です。ここがバランス悪く不安定では当然安定した投球は行えません。1つは軸脚のみで体重を支えている相での安定。もう1つがステップ脚がフットコンタクトしてからの両脚で重心コントロールを行う相での安定です。
 
2.ボールに加える力を大きくするには並進運動と骨盤の回旋運動が鍵になります。並進運動は、投球スタンス幅が広ければ広いほど距離を長く取れ、力を蓄えることができますが、スタンスが広くなればなるほど、骨盤の回旋運動が起こりにくくなるという関係にあります。つまり投手それぞれの身体特性によってより効果的な投球スタンス幅があり、それを見つけ出さなければ結果的にエネルギーロスに繋がります。
さらに骨盤の回旋と言いますが、実際はほとんどが股関節の動きになります。そこに、仙腸関節が連動することで上半身へ連動するしなりが発生します。この際、スタンス幅が広いほうが筋の張力が強くなり、下半身の粘りと割れができやすく、結果的にキレのある骨盤回旋運動になりやすいですが、そのためには下半身の柔軟性が大前提として必要にまります。
 
3.最終的に、リリースの瞬間に軸足は地面から離れます。そこからフォロースルーとなり投球動作は完結するわけですが、この瞬間に、軸足がどう地面から離れるかが非常に重要になります。「プレートを蹴る」というように良く表現されますが、実際は「蹴る」というよりは、「押し込む」イメージの方が近いです。リリースのギリギリまで重心を軸足側に残し、なおかつ膝を落とさずに残すことができると、骨盤の回旋からリリースの瞬間に急激に重心が前方へ移動する際に、自然に軸足でプレートを押し込むことができ前への推進力が生まれます。ですので、「蹴る」という能動的な運動イメージではなく、「押し込む」イメージが指導をしていてもしっくりくる選手が多い印象です。
 
つまり、下半身を使うというのは、
・バランスコントロール
・並進運動と骨盤の回旋運動
・床半力の効率的な伝達
 
この3つが必要になります。
 

下半身を使うためのトレーニング

ここまでくれば、下半身を使うための強化トレーニングをそれぞれ具体的に考えていきます。
 
[バランスコントロール]
・軸足のみで立っている時のバランス強化(後方や側方への崩れは避ける)
・股関節を捉えた多様な下半身の状態で、多様な上半身操作や運動を行うトレーニング
 
[並進運動と骨盤の回旋運動]
・軸足のバランス
・股関節の柔軟性・可動性と操作性強化
・仙腸関節の可動性
・ステップ脚のフットコンタクトバランス
・軸足の股関節内転筋強化
・ステップ足のハムストリングス強化
・主に股関節周囲筋の遠心性収縮と粘弾性強化
・骨盤底筋群の強化
 
[床半力の効率的な伝達]
・ステップ脚のフットコンタクトバランスとコントロール(投手セミナーでは「抜きランジ」というトレーニングを紹介しています)
・軸脚の遠心性収縮強化と重心コントロール
・力の伝達効率を良くする骨アライメントを再現する運動学習強化
 
あくまで投球動作に必要な下半身のトレーニング例で、それぞれ目的が重なるトレーニングもありますし、手段は他にも色々あります。「下半身を使う」という抽象的な表現をいかに具体的に落とし込み、効果的なトレーニングを行うか。それができればトレーニング効果の判定や評価も行いやすく、適宜軌道修正することができます。下半身の重要性はいうまでもありませんが、今一度なぜ、どのように重要なのかを考えるきっかけにしていただければと思います。
 
最後までお読みいただきありがとうございました。
 

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