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2019年01月08日

投手のスタミナを考える 〜第2回:投手に走り込みは必要か〜


文:岩渕 翔一

 
-前回の続き
 
第1回で、投手のスタミナを強化するには、持久力、筋力、リカバリー力の3要素が必要であることを解説しました。
 
今回のテーマは「投手に走り込みは必要か」です。
 
結論から言うと、投手に走り込みは必要です。全身持久力を高める有酸素運動系の走り込みも、筋持久力を高めるインターバル系の走り込みも、筋力強化に繋がるダッシュ系の走り込みも全て必要です。
 
 

有酸素運動系の走り込みについて

走り込みの賛否を語る際に議題の主役は「長距離のランニング」でしょう。多く聞かれる賛否両意見をみてみます。
[賛成派]
・走ることで根性がつく
・走ることで全身のバランスが整う
・走ることでスタミナがつく
 
[反対派]
・精神論とトレーニングの効果は別
・野球に長距離走が速くなるようなスタミナは必要ない
・筋肉が分解されて痩せてしまう
 
多く聞かれるのはこのような意見です。一つ一つを見てみるとどの意見も間違いではありません。
例えば、精神論は現代スポーツでは古いとされます。しかし、強い精神が必要ないのかと言われればそんなはずはなく、スポーツで結果を出したいのなら強い精神は絶対に必要です。
問題なのは、なんとなくやらせている(やっている)しんどい練習にきちんとした根拠がないことであって、精神論そのものが悪いわけではありません。
 
同じようにどの意見もそれだけを見れば間違いではないのですが、かといって正解でもありません。
トレーニングによるマイナスの効果があることと、そのトレーニングが必要か否かは別問題だからです。そもそもいいことずくめのトレーニングなどありません。
要はもっと思慮深く、色々なことを踏まえて考えていかなければいけないという至極当然のことです。
それでは色々なことを踏まえて考えてみましょう。
 
 

筋肉のエネルギー供給と速筋・遅筋

筋肉が働くにはエネルギーが必要です。
ATP(アデノシン3リン酸)が分解されADP(アデノシン2リン酸)が出来る時に出るエネルギーで筋肉は動いています。このATPが筋肉のエネルギー源になります。
つまり、筋肉が動き続けるにはATP産生が必要で、その産生過程は大きく分けて3つルートがあります。
 
1.ATP-CP系
酸素を必要としないエネルギー産生機構。運動開始時や短時間で強度の強い運動で主に利用される。このエネルギー源は7〜8秒で枯渇する。
 
2.解糖系
ATP-CP系と同様に酸素を必要としないエネルギー産生機構。2つを合わせて無酸素系と呼ばれる。強度の強い運動で利用される。このエネルギー源は35秒程度で枯渇する。
 
3.有酸素系
筋細胞の中のミトコンドリアで行われ、酸素を必要とする。酸素と脂肪とグリコーゲンの消費でATPを産生する。理論上エネルギー産生は無限に行えるが、実際は運動量に比して酸素供給が追いつく限り。
 
ATP-CP系>解糖系>有酸素系の順でエネルギーの供給速度が速く瞬発的な運動に適しています。
 
無酸素系のエネルギー供給は総じて42〜43秒程度です。陸上の400mが短距離に分類されるのはタイムがこの無酸素系エネルギー供給の限界値に近いからです。
何秒とかいうとすぐにエネルギーが枯渇して動けなくなりそうてすが、基本的に全てのエネルギー供給源を活用して動きますので、エネルギーそのものが枯渇して全く動けなくなるということはありません。
 

 
ピッチングは一球ごとの投球は高負荷ですが、運動時間でいうと長時間の反復運動になります。
ですので、ピッチングにおいても当然エネルギー供給はこの3つのルートを全て使っての運動になるため無酸素系、有酸素系ともにトレーニングする必要があります。
 
 
[2タイプの速筋と1タイプの遅筋]
筋繊維にはタイプがあります。
速筋と遅筋は専門家でなくても知っていると思いますが、速筋はさらに2タイプに別れます(厳密には3タイプですが、MHCⅡbというタイプはヒトの筋繊維ではほとんどないためここでは速筋は2タイプとします)。
 
・遅筋(Ⅰ型)
一番遅い筋繊維。赤筋とも呼ばれる。マラソンなどの持久力が必要な競技選手に多いとされている。
 
・速筋(Ⅱa型)
スピードと持久性を兼ね備えている筋繊維。ピンク筋とも呼ばれる。
 
・速筋(Ⅱx型)
最もスピードが速く持久力の乏しい筋繊維。白筋とも呼ばれる。
 
筋線維はこの3タイプに分かれます。トレーニングによって速筋↔︎遅筋のシフトが起こるかどうかですが、現時点では起こらないというのが定説です(そういう研究結果がない)。
しかし、速筋線維はトレーニングによってⅡxはⅡaに変化していくことがわかっています。しかも面白いことに、持久的なトレーニングをしても、いわゆるウェイトトレーニングのような高負荷のトレーニングを行ってもです。
つまり速筋線維はトレーニングによってスタミナも有した筋肉へシフトしていくということです。
 
 
少しまとめます。
・エネルギー供給には無酸素系2ルートと有酸素系1ルートの系3ルートがある
・エネルギー供給特性は3ルートそれぞれであるものの、基本的には全3ルートを全て利用してエネルギー供給が行われている
・筋肉は遅筋と速筋(2タイプ)
・遅筋↔︎速筋のシフトは起こらない
・速筋のⅡx→Ⅱaへのシフトはトレーニングによって起こる
 
ということです。
 
 

走り込みの目的

前回の記事で書いたように走り込みの目的はスタミナ強化と下半身強化であることです。
 
投手に必要なスタミナは、
・1試合投げ切ることができるスタミナ
・連投をこなせるスタミナ
・1シーズン怪我なく過ごせるスタミナ
であり、そのために必要なのは持久力、筋力、リカバリー力の3つであることを解説しました。
 
では、走り込みの目的と効果を考えてみます。
 
 
[長距離の走り込み]
全身持久力とリカバリー力の強化に有効。主に遅筋繊維の強化とⅡx→Ⅱaへのシフトを起こす。また、有酸素系のエネルギー供給力強化にもなる。
ここでもっとも懸念されるのが過度の長距離ランニングが筋肉の分解を起こすということです。
(ダルビッシュ有選手が懸念していたのもこの点)
ですので、このマイナス要素を考慮したトレーニング案が必要となります。
いずれにしても「精神や根性を鍛える」ほどの量は必要ない。また、ジョギング程度の負荷の走り込みは、体性感覚情報入力や全身バランスの改善、思考力アップなどの効果もあります。
 
[中距離(3kmまで)の走りこみ]
全身持久力と筋持久力の強化に有効。Ⅱx→Ⅱaへのシフトを起こす。
 
[インターバル系の走り込み]
筋持久力とリカバリー力の強化に有効。ピッチングの運動構造を考えた際、最も実践に近い走り込みトレーニングのため、投球のスタミナ強化に直結しやすい。
 
[ダッシュ系の走り込み]
筋力強化と筋持久力強化に有効。球速アップなどスタミナ面とは異なる効果を期待できる。
 
※筋持久力の強化が身体に及ぼす影響は、筋肉中の毛細血管が増え、筋肉の中を流れる血液量が増えるためリカバリー力強化に繋がります。
 
 
このように順を追って考えていくと、走り込みは必要であることが分かるかと思います。
ただし、それぞれプラスの効果とマイナスの効果があることも事実です。
必要であることが分かることと、目の前の選手に対し、いつ、何を、どの程度、どのように行えば良いのかの判断ができるかどうかは全く別問題です。
 
長距離の走り込みといってもどの程度の距離や時間をどの程度のペースで走れば良いのか?
マイナスをできるだけ起こさない、あるいはマイナスを補うためにはどうすれば良いのか?
走りこみのトレーニングが投手にとってより有効なトレーニングにするための工夫など。
 
トレーナーの腕の見せ所はここから先です。
 
 
次回、「投手のスタミナ強化トレーニング」で考察して行きます。
 
 
第1回:投手に必要なスタミナとは
第2回:投手に走り込みは必要か
第3回:投手のスタミナ強化トレーニング
 

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