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2019年04月14日

立甲を再考する

 

文:竹治久里子

 
 
 
『四足歩行動物が歩いている姿を見ると、肩甲骨が立った状態になっている。この状態を “立甲”と言う。(高岡英夫 提唱)』
 
JARTAのホームページには写真が載っており、セミナーを受講した方には自由にダウンロードできる解説書まで作られている立甲。
解剖学的に見ると、立甲とは肩甲胸郭関節にあたる肩甲骨前面と胸郭後面を引き離す形となっている。
肩甲骨内側縁が胸郭から浮き上がり、菱形筋と前鋸筋は伸張されている。
 
 
そもそも肩甲胸郭関節は機能的関節と呼ばれ、解剖学的関節とは違い滑膜を持たず、骨と骨がかみあって安定性を保つのではなく筋によって肩甲骨と胸郭が結び付けられている。
肩甲骨に付着している筋には僧帽筋、菱形筋、前鋸筋、小胸筋があり、肩甲骨の動きに直接的に関係してくる。
肩甲胸郭関節の動きには2つの滑走動作(挙上/下制と外転/内転)と3つの回旋運動(上方回旋/下方回旋と前傾/後傾と内旋/外旋)があり、基本的に肩甲骨が胸郭の上を滑るような動きになる。
 
 
 
ここで引っかかるのは、立甲をしている状態は、肩甲骨と胸郭が引き離されて内側縁が大きく浮き上がっているということ。
この形だけをみると、肩甲胸郭関節は破綻していることになる。
本来は、肩甲骨が胸郭に覆いかぶさるように動く機能を関節と捉えているのだから。
 
 
 
では肩甲胸郭関節が破綻するとどうなるのか。
 
 
 
Joint by joint という考え方がある。
人体の各関節は大きくモビリティ関節とスタビリティ関節に分けられ、それは人体の関節に交互に存在するという考えである(Michael Boyle、Gray Cook)。
これによると肩甲胸郭関節はスタビリティ関節であり、安定性が求められる関節になる。
 
確かに腕をあげる動作などにおいて、土台となる肩甲骨が安定していないと上腕骨がスムーズに動かないというのは納得のいく話である。
もちろんスタビリティ関節とはいえ全く可動性が必要ないというわけではなく、上肢のスムーズで十分な動きを獲得するためには、肩甲上腕関節の動きに伴って肩甲胸郭関節も動く必要がある。
 
滑走運動と回旋運動により上肢のスムーズな動きを補助しつつ、基本的には安定性が求められる関節、これが肩甲胸郭関節の役割である。
安定性が低下する原因としては、肩甲骨と胸郭を引き付けている前鋸筋の機能不全が主に考えられる。
引き付けが不十分になり内側縁が浮いている状態、これは「翼状肩甲」と呼ばれ、怪我の原因になったりパフォーマンス低下につながったりする。
立甲の形だけを見ると、同じような形になっている。
もちろん「翼状肩甲」「立甲」は全く違うものであり、JARTAの立甲解説書にもはっきりと書かれている。
 
 
しかし立甲を習得しようとすると、その意義よりもまず形を真似したくなる。そして見た目上は立甲ができたように見える人がいる。
 
実は私がそうだった。
 
筋力の強い男性ではあまり起こらないエラーかもしれないが、女性でもともと「翼状肩甲」 ぎみで前鋸筋がしっかり使えていない場合、菱形筋の硬さが取れれば肩甲骨の内側縁は浮かせやすい。
まだ身体のできあがっていない子供も同様だと感じる。
 
前鋸筋などがしっかり使えていて肩甲胸郭関節の安定性がしっかりある人にとっては、あまり弊害のないトレーニングかもしれないが、そもそも前鋸筋が使えておらず安定性に欠ける人にとっては、より不安定性を高めてしまうマイナスの学習になってしまう可能性があるということ。
 
この可能性に気づかずに、見た目の派手さや一方向のメリットだけをみて立甲を指導することのリスクを知っておくべきである。
 
 
立甲を習得するということは、手を身体の前に出していてもゼロポジションをとれる、つまり肩甲上腕関節にかかる負担を軽減することができるなどのメリットがある。
 
とはいえ、上肢を自由に動かすためには、まずは安定性(土台)が必要であり、その安定性は肩甲胸郭関節から得られる。
 
その肩甲胸郭関節を安定させるためには、前鋸筋をはじめとする肩甲骨に付着部を持つ筋の働きが重要である。
つまり、そもそも前鋸筋が使えていない人に立甲だけを指導しても意味がないどころか、マイナスの学習になってしまう可能性がある。
 
 
 
今回は立甲について考察したが、これに限ったことではない。
一見すると、従来定義されている機能や運動と矛盾するような動きを習得する場合、変わった動きや形だけに目が向きがちになる。
 
 
しかしそういった場合ほど基本に立ち返って、一度疑ってみる、疑問に思うということが必要だと思う。
 
 
とくにトレーナーとして誰かに指導する場合、そのやり方やメリットを説明するのは比較的簡単だが(そのトレーニングの提唱者が言ってくれているので)
「その選手に本当に必要か」
「今この選手に指導して問題ないか」
「リスクやデメリットはないか」
 
ということを伝えられるくらいに、自分の中で昇華させておくべきだろう。
 
 
 
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 
 

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