広い視野と生活習慣

文:岡元祐樹

 

 

あるマンションのエントランスで、ゲームに夢中になっている少年たちを見かけました。

 

最近ではあまり珍しい光景ではありませんが、筆者は子供たちの服装に違和感を覚えました。

 

サッカーのユニフォームとソックス。

 

おそらくこれからサッカーの練習があるのか、それとももう終わったのか。

 

その光景を見て「視野の習慣について認識している人はどのくらいいるのだろうか?」と感じ、今回の記事を書きました。

 

 

視野には『中心視野』と『周辺視野』と呼ばれる視野があり、そこから得られる視覚情報はスポーツのパフォーマンスに大きな影響を与えます。

 

しかし現在の日本では『中心視野』に偏った生活スタイルが定着しつつあります。

 

そのことを理解しつつ日常生活を送るのと、知らずにただ気が向くままに過ごすのとでは見えてくる世界が変わってきます。

 

 

 

協調的に働く中心視野と周辺視野

 

今回の記事のメインとなる中心視野と周辺視野について説明していきます。

 

『中心視野』は物の姿形を正確に認識するための視野のことです。しかしその範囲は焦点を当てた注視点からほんの1~2度程度の範囲にすぎません。

 

例えば読書をする際、目は文字を中心視野で追いながらその文字を認識します。

 

 

一方、『周辺視野』は中心視野の外側の視野を指します。この周辺視野は動く物を察知する能力に長けています。その変わり、動かない物や細かい形などを認識することが苦手です。

 

例えば道を歩いている際、視野の右端の方から車(のような動く物)が近づいてきたので立ち止まったというようなシチュエーションがイメージしやすいかと思います。中心視野で正確に認識はしていませんが、周辺視野に入ってきたのでぼんやりとではあるが認識できた、という具合です。

 

 

この中心視野と周辺視野は独立して働くというよりは、協調的、つまりお互いの機能を発揮しながら視覚情報として機能します。

 

車を運転する際、中心視野で信号や看板を認識しながらも、周辺視野で他の車や歩行者の動きを認識できるので、ある程度の危険を察知しながら運転ができます。

 

逆に「やめよう、歩きスマホ」などのキャッチフレーズに代表されるように、中心視野でスマートフォンの画面を見ることに集中しながら歩いていると、人や物にぶつかってしまうリスクが高まります。

 

このように人間の生活において中心視野と周辺視野の協調性は重要です。そしてその人間が行うスポーツのパフォーマンスにも当然影響してきます。

 

筆者がそれを強く感じるのが、テニスの試合を観た時です。

 

例えばラリーから得点が入るようなシーン。トップ選手たちは相手選手の動きの逆をつくショットを打ち返します。相手選手は逆をつかれることになるので対応が遅れ、得点を許してしまいます。

 

このような得点シーンの場合、考えられるのは次の3つのケースです。

 

①たまたま打ったら相手の逆をとれた

②戦略的に相手の逆をとれるようにラリーを繰り返していた

③ボールを見ながら相手選手の動きも見えており、その動きの逆を突いた

 

①はただのラッキーです。

 

②は戦略を練り、決まったパターンの反復練習が必用になります。しかし相手が想定外の動きをするとボールを拾われる可能性が高まります。

 

③はその時のボールと相手選手の動きによってショットの方向を選択することができます。これは中心視野と周辺視野が協調的に働くことで認識できる対象が増え、スポーツにおいて有利になる能力と言えます。

※選択した通りのボールが打てるかどうかは別問題となります。

 

 

この能力はテニスのみならず、あらゆる競技で応用できます。サッカーであれば自分に向かってくるボールを認識しながら自分をマークしにくるディフェンスの動きが認識できます。そうすると、トラップをするかパスをするか?トラップならどの位置にボールを納めるのがいいか?の判断材料が増えます。

 

 

視野が狭い原因は生活習慣も影響する?

 

中心視野に頼りすぎ周辺視野を協調的に使えない選手、つまり球技などでよく見られる「ボールしか見えていない選手」は必ずいます。

 

そのような選手が視野を広げていくにはどうすればいいのか?残念ながら確立されたトレーニングは筆者の調べた範囲ではありませんでした。

 

しかし筆者が周辺視野を認識できるようになっていった経験談ならお伝えすることができます。

 

筆者はサッカーとフットサルを今も定期的にプレーしています。

 

筆者は高校~大学時代は典型的な『ボールしか見えていない選手』でした。自分のところにボールがくると、他の選手がどこにいるかわからなくなってしまうのです。

 

当時はそれが『普通』だったので、単純に「ボールを足で扱うスキルが足りないんだろう」とか「ボールが来る前の周囲の状況確認が足りないんだろう」という程度の認識でした。

 

これらの理由も中心視野優位になる理由にはなるのですが、外的認識力という能力を知ってから考え方が変わりました。

 

JARTAでよく使われる外的認識力という言葉は、言い換えると自分以外のものに対する認識力という意味になります。

詳しくはこちら→https://jarta.jp/about/concept/

 

この外的認識力を学んでいく中で、筆者は中心視野と周辺視野の協調性について考えさせられました。自分にはそれが足りないのではないだろうか?そしてそれをプレーに結びつけるための努力を始めることにしました。

 

まずは単純にプレー中にボールが来たら「ボールを見ながら周りの選手も見よう」と意識してみました。

 

これはかなり大変な挑戦でした。ボールの扱いも選手の動きを把握することも中途半端になるからです。かなりミスを重ねましたが、選手として『結果』が求められる立場ではない、つまりミスしても怒られるわけでもない環境でプレーしていたので、周りには迷惑をかけたかもしれませんがこの挑戦を継続しました。

 

このようにプレー中に中心視野と周辺視野を協調させようと努力していると、プレー以外の時間にふと気付いたことがありました。カフェでスマートフォンを見ていると「あれ?スマートフォンの画面を見ているけど周りの人が何しているか分かるな」という感覚に気付いたのです。始めてから2~3ヶ月のことです。

 

もちろん簡単な動きしか認識できませんが、それでも筆者には大きな気付きでした。多様な場面で中心視野と周辺視野が協調し始めたと感じることができたのです。

 

その後プレー中も少しずつ精度が上がっていくのを感じました。それが筆者にとっては『プレーの準備や予測』に活かされ『プレー中の余裕』に繋がったと感じています。大したレベルではありませんが。

 

さらにこの経験を深堀りすると、プレー中ではなくカフェ、つまり日常生活の中で能力の向上を感じたという点が重要です。なぜなら競技と一見関係なさそうな日常生活においても、競技力の向上に必要な能力の要素を使っているからです。本気で競技力の向上を目指すのであれば、日常生活から変化をもたらす必要があることを示唆しています。

 

少し話は変わりますが、球技では「しっかりボールを見て」という指導がなされることが多々あります。

 

ここまでの内容だとこの指導は良くないという印象を与える可能性がありますが、筆者はそうとも限らないと思います。基礎的な技術を身につける段階であれば、ボールの動きをしっかりと確認することは有効だと考えるからです。

 

その段階を経て、さらなる応用として周辺視野の能力も協調させることができてきたら理想だと言えます。

 

 

その競技はさらに面白くなる

 

中心視野と周辺視野の協調的な働きは、トップアスリートなどの特殊な人間だけが持っている能力ではありません。車の運転でも使われていると前述したように、多くの人間が持ち合わせている能力です。

 

ただ、冒頭でも触れたように現代では中心視野を使い過ぎる環境が増えています。スマートフォンやテレビゲームをするといった非常に狭い視野しか使わない時間が多くなっているのです。

 

スポーツにおけるパフォーマンスアップを考える上で、そのような生活習慣ももしかしたら見直す必用があるかもしれません。そして指導者はそのような生活スタイルの変化も前提条件として頭に入れておく必用があります。

 

その選手に広い世界を見せたいのであれば、視野が狭いことの原因を考える際に今回の記事の内容も考慮に入れてもらえればと思います。

 

ボールも見ながら周りも見ることができるとその競技はさらに面白くなる。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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