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2019年02月11日
スポーツ界で蔓延する抽象的言語に注意せよ
文:岩渕翔一
今回の記事はトレーナーや指導者に向けた記事です。選手を指導する際に抽象的な表現を使うことは非常に多いと思います。
丹田、軸をつくる、タメがある、壁をつくる、ブレーキ筋、アクセル筋、前モモ、裏モモなど
あげればキリがないですが、これらの抽象的な言語を使うメリットと理由は明確です。選手を指導する際に上記のような抽象的な表現や感覚的な表現を使うことで、選手が、「イメージできること」や「納得できること」、「意識できること」が進み、トレーニングや競技パフォーマンスを効果的に行うことができるからです。
これらの言語は選手に、
・どうすれば伝わるのか?
・覚えてもらえるのか?
というものを前提に置いた、「キャッチーで分かりやすい」ということに重きを置かれたものです。また、抽象的であるということは自ずと多くと意味や要素を含むことになるため、伝わる相手に対しては、少しの言語で多くのことを伝えることができるというメリットがあります。
ここで注意が必要なのがトレーナー自身の解釈まで抽象的になっていないか?ということです。
例えば、ブレーキ筋とアクセル筋。JARTAのトレーナーがよく使う言葉です。ブレーキ筋とは大腿四頭筋を指し、アクセル筋とはハムストリングスを指します。選手に解説する大まかな概要としては、アクセル筋であるハムストリングスをしっかり強化しトレーニングしよう。ブレーキ筋である大腿四頭筋は過剰に働かないように力が抜けるようにトレーニングしよう。そうすることでハイパワーやハイスピードなパフォーマンスに近づける。
筆者の個人的な意見になりますが、この言葉があまり好きではありません。ハムストリングスを積極的に強化し、大腿四頭筋を緩めるという大まかな理論や方向性には共感しますが、まるで大腿四頭筋が悪者であるかの表現に強い違和感を感じるからです。
アクセルとブレーキは「前に進んでいること」が前提で生まれた理論
そもそもなぜ、ハムストリングスがアクセル筋で大腿四頭筋がブレーキ筋と呼ばれるようになったのか。これは運動科学者である高岡英夫氏が作った造語で「前に進んでいること」を前提に提唱された考え方です。わかりやすいのは走っている際です。
サポート期(足底が地面に接地している相)を軸に見てもらえばわかりやすいですが、この時、身体を前に進めるためには進行方向とは逆向きの力が必要です。そのため、股関節伸展と膝関節屈曲の作用のあるハムストリングスが当然アクセル(前に進む力を生む)筋になります。それに対して、大腿四頭筋の作用は膝関節伸展。接地足の膝関節伸展トルクが強く働いてしまうと進行方向とは逆向きの力が身体に働くため、ブレーキ筋になるということです。
さらに大腿四頭筋に過剰な収縮を起こすと、
・ 拮抗筋(膝関節の運動の場合)であるハムストリングスの筋収縮を阻害してしまう
・ リカバリー期(足底が地面から離れている相)における股関節伸展と膝関節屈曲が浅くなる
・ フォワードスイング(下肢が後方から前方に移動する瞬間)で大腿四頭筋の伸張反射を使った膝関節伸展を伴う切り替えが起こりにくくなる
このようなことからハムストリングスがアクセル筋で大腿四頭筋がブレーキ筋と呼ばれるようになりました。では、大腿四頭筋は働かない方がいいのかと問われれば、そんなはずはありません。私が違和感を感じるのはまさにこの部分で、そもそも人体で不要な部位などありません。
あくまで、前に進む運動エネルギーを生むという観点からはブレーキですが、大腿四頭筋にはこれ以外に膝関節を安定させるという重要な役割があります。サポート期の間、アクセル筋であるハムストリングスを中心に股関節伸展と膝関節屈曲で進行方向への運動エネルギーを生むと同時に大腿四頭筋は遠心性収縮を通して膝関節の安定性に寄与します。しかし、前述したように過剰に働くと進行方向に対するブレーキとなってしまうため、非常に繊細な筋収縮を求められます。しかも求心性収縮ではなく遠心性収縮で繊細さを求められるため、より難易度は高いです。
このように進行方向に対してエネルギーを生む筋ではないということと、過剰な収縮がブレーキになってしまうということであって、走行においては膝関節の安定という役割を持ち、非常に重要な役割を担っています。つまり、ハムストリングスと大腿四頭筋は走行において役割が全く違うということ。ということはトレーニングや強化の目的は異なり、そのための手段は当然別になるということです。
こういった背景を考えれば、ハムストリングスにどのような強化が必要で、大腿四頭筋にはどのような強化が必要なのかはそれぞれ全く異なります。そういう意味で、大腿四頭筋はどのような状態になることが望ましくて、大腿四頭筋が過度に発達した下肢はハイパフォーマンスを実現する上でどうなんだ?ということを具体的に考えましょうということです。
現場は全て具体的なものの積み重ね
実際、ハムストリングスがアクセル筋で大腿四頭筋がブレーキ筋であるというのは、よく考えられた造語であり理論で、前に進むというだけでなく例えば、
・野球の投球動作
・サッカーのシュート
・テニスのサーブ
・サイドステップ
・バスケットのスクリーンアウト
などこちらもあげればキリがないほど使える概念です。だからこそ専門家であるならば理解は抽象的であってはなりません。具体的に理解し、なぜその競技で、その場面でその作用がベストなのか。解剖学、生理学、運動学、運動力学、運動生理学などで具体的に解釈する。そうでなければ評価も分析もトレーニングの立案もできません。
具体的解釈の基で選手に抽象的表現を用いること。トレーナーが具体的に解釈することと選手にわかりやすい抽象的表現を用いれることは、どちらかが疎かになってはいけない、両方必要なことです。
では、「丹田」はどうでしょう?これもスポーツでよく使われる言語です。丹田とは何か?あなたは具体的に解説できますか?
一度改めて考えてみてください。続きはまた別の機会でお伝えいたします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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