NEWS(最新情報)

2018年12月10日

投手の「タメ」の作り方には2つのパターンがある

文:岩渕 翔一


投球フォームをみて、「タメがある」とか「タメがない」そういった表現をすることが多くあります。
そもそも、「タメ」とはなんのことで、なぜ必要なのでしょうか?
 
 

タメとはそもそもなんなのか

投球動作で最も力が加わるべき瞬間はリリースの瞬間です。この瞬間に効率よくボールに力が加わることで、速球を投げることができるわけですが、まずはその瞬間までにいかにエネルギーを蓄えることができるかが鍵になります。
「タメ」とは、主に並進運動の際に、リリースの瞬間にボールに伝えることができる運動エネルギーを蓄積していく相を指したものです。
 
基本的に運動エネルギーを高くするためには、位置エネルギー、加速度、速さ、質量それぞれを高くする必要があります。そのために必要な機能的要素には、
・位置エネルギーを高くするために重心を高くする
・加速距離を稼ぐために足幅を広くする
・リリースの瞬間に爆発的な加速ができるようにできるだけ長く重心を軸足に残す
・軸足側に残した重心を急速に踏み込み足に移動させていきリリースの瞬間を向かえる(RSSC)
・全ての相で効率よく質量を捉えるために必要な荷重アライメントになっている(無駄なベクトルを減らし床反力を高める)
 
運動エネルギーは質量と速さの掛算で上がるためこういった要素が必要になります。この機能的要素を実現するという前提でフォームや身体操作に目を向けていかなければなりません。
 
投球動作の基本原則として上記から全ての投手に必要な身体操作の要素は、
・足をバランスよく出来るだけ高く上げる(位置エネルギーの確保)
・軸足のみの支持間(並進運動)のバランスと股関節の捉え、移動の速さ
・足幅を稼ぐための股関節を中心とした下半身の柔軟性と粘り(身体は柔らかいだけではダメで特に投球動作においては「粘り」が必要になります。この粘り関してはまた別記事で解説します)
・RSSCが起こるために必要なMER(投球側肩関節最大外旋位)を高く保つための股関節、胸椎、肩関節の可動性と連動性
 
これらはタメの作り方に関係なく投手をする上では必要な身体の機能的要素です。
 
では、これらを踏まえた上でこの「タメ」を作るための2つのパターンとはどのようなパターンなのかです。
 
 

質量に寄るかスピードに寄るか

先に述べたように、運動エネルギーは、
質量×速さ
で導き出されます。その物理法則から単純に考えると重ければ重いほど、速ければ速いほど運動エネルギーは高くなります。
そのために必要な基本原則を上記にあげたわけですが、その基本原則を前提に、タメのパターンとはこの2つのどちらかに寄るということ。つまり、
・質量に寄る(質量重視タイプ)
・速さに寄る(速さ重視タイプ)
このいずれかの2パターンです。このどちらかによって見られる特徴が異なり、必要な身体操作や機能的要素、注意点が異なるということです。
 
 
<質量に寄る>
このタイプの代表的な選手には、ダルビッシュ有、大谷翔平、野茂英雄、菅野智之などがあげられます。
 
認められる特徴として、よく「お尻から踏み込め」と言われる動作です。軸足側の股関節内旋を強くし、殿部が打者方向を向くことで、所謂「尻から踏み込む」ような動きに見えます。
このタイプの場合、軸足側の股関節内旋を強くしているため、必然的に股関節の捉えはしやすくなります(股関節は内旋位のほうが関節の被覆率が高くなるため)。
関節の捉えが良くなるということは質量を効率的に使えるようになる(床反力を効率的に得やすい)ということです。
 
その反面、踏み込み足が接地するまでの並進運動時のスピードは失われやすい傾向にあります(安定と速さの発揮は対極にあるため)。また、このタイプの場合インステップしやすいという注意点もあげられます。

質量重視タイプの下半身。右股関節部の皺が強く出ている(閉鎖的な股関節内旋位)反面、振り出しの左下肢は股関節内外旋中間位に近いことがわかる。

 
 
<速さに寄る>
このタイプの代表的な選手は、田中将大、前田健太、野上亮磨、岸孝之などです。
 
このタイプの選手は踏み込み足の股関節内旋が強いことが特徴です。踏み込み足の内旋を強くすることで接地時に外旋方向への回旋運動を起こし回旋エネルギーと移動距離を稼ぎます。
 
対して軸足側の股関節内旋は浅いため、股関節を捉えた上でバランスを取ることが難しい反面、並進運動時のスピードは増しやすく(不安定であると速さは発揮しやすい)、速さで運動エネルギーを稼ぐタイプであると言えます。このタイプは腰の開きが早くなりやすいという注意点があります。

速さ重視タイプの下半身。軸足の股関節部の皺が質量重視タイプに比べ浅く、踏み込み下肢の膝は内側を向き、股関節内旋位であることがわかる。

上記にあげたそれぞれの代表選手を思い出していただければ分かると思いますが、質量重視タイプは「がっしりした体型」の選手が多く、速さ重視タイプは「スマートな体型」の選手が多い傾向があるかと思います。
 
また、例えば大谷翔平投手は、高校時代は速さ重視タイプのフォームでしたが、プロになり身体が大きくなるにつれ質量重視タイプのフォームに変わっていきました。
 
さらに、どちらのタイプとも分類できない代表的な選手として則本昂大選手があげられます。
則本選手は文字通り「全身で投げる」ことを体現する代表的な選手のため、両方の特徴を併せ持っています。あの身体のサイズであのようなボールを投げることができる要因の1つは質量、並進スピードともにより高いレベルでこなしているということが関係していると思います。
 
 

フォームは結果

「タメ」の作り方の2パターンについて解説しましたが、これはあくまで
・より速い球を投げようとした結果
・よりコントロールを良くしようとした結果
・身体への負荷を軽くしようとした結果
など。
 
よりよいパフォーマンスを追求した結果がフォームであり、決してフォームありきでトレーニングをするべきではありません。
なぜそのようなパフォーマンスになっているのかといった分析は必須です。分析をした上で何をどれくらいするのか。そのトレーニングそのものの目標はどこなのか。
 
フィジカルトレーニングの基本原則は先に述べた共通項の強化とパフォーマンス分析の統合によるロジックが必要であることを忘れてはなりません。
投手用トレーニングセミナーはこちら
https://jarta.jp/j-seminar/pitcher/
 
 

合わせて読みたい記事


JARTA公式HP
https://jarta.jp