大会1週間前に100mのタイムを14.1秒→12.8秒へ縮めた中学生ランナーの話

 

文:鳴海裕平

呼吸の様式が変われば運動の様式が変わる。

呼吸は人間が生きている限り必ず行わなければならない運動の一つです。

当たり前ですが人間はガス交換、つまりは身体に酸素を取り込み、

二酸化炭素を排出しなければ死んでしまいます。

 

しかし呼吸は身体に酸素を取り込むという生理的な働きだけでなく、

呼吸の様式が運動の様式にも影響するという働きも持っています。

 

先日とある中学生3年生ランナーを担当する機会がありました。

この方に対して呼吸の様式を変えることで、

100mのタイムが大幅に縮まったので、その経緯を含めてお話させて頂こうと思います。

 

負の悪循環に陥ったランナー

この方は、元々膝・股関節・腰の痛みで悩み、来院されたのですが、

痛みの原因がどうみてもオーバーワークだったので、よくよく話を伺いました。

すると、

『100mのタイムがどうしても縮まらないからひたすらに練習していた。』

『最近足の速い中1の後輩が入ってきて、すぐにタイムを抜かされそうで焦っている』

『自分は陸上部なのに、野球部の方が足が速くて惨めだった』と、

焦りや悔しさからオーバーワークになっていました。

 

もともと中々タイムが縮まらず悩んでいて、必死に練習した。

部活の時間以外でも、自主的に朝練や夜練をした。

それでもタイムは思うように伸びない。

 

オーバーワークになってから更にタイムが縮まらない、

タイムが縮まらないから更に練習しようとする。その結果、身体を痛めてしまった。

もうどうしたら良いのかわからない。とりあえず身体を治したい。

そういった思いを抱えていました。

 

痛みを取るのは当たり前。タイムが縮まらない原因を探せ。

オーバーワーク気味の身体から、

痛みを治すだけでも一時的に記録は良くなると予測されましたが、

それだけではこの負の悪循環から抜け出すには不十分。

 

何故タイムが縮まらないのかを突き詰めて考える必要がありました。

 

本人がどこを、何を意識して走っているのか。

イメージ上の自分のフォームと、実際のフォームの違いは何か。

周りからどういった指導を受けているのか。よく言われることは何か

 

本人は走るときには一番に『胸を前に突き出すこと』を意識して走っている。

 

 

すると、指導者からは

「前にかかりすぎで腰が入ってない。」「腰が入らないと足が前に出ないぞ。」

と指導される。

 

そして腰を入れてみると、タイムが落ちる。それを指導者に言うと、

「腰が入りきってないからタイムが落ちる。」

「前に傾きすぎてるから腰が入らないんだ。姿勢を直せ。」

姿勢を直してみると、更にタイムが落ちる。前に進んでいる感じがしない。

 

結局最初の走り方に戻したら一番タイムが良いけども、

タイムが頭打ちで一定以上にタイムが縮まらない。

そうしているうちに焦りだけが先行して、量をこなしてみるものの、

タイムは変わらず、むしろ身体を痛めてしまった。

 

実際に走っている姿を見せてもらうと、確かに指導者の言う通り腰が入っていない状態で、

本人に一度意識的に腰を入れて走ってみせてもらったところ、

腰は入っていないままでした。しかし、本人はしっかり腰を入れているつもりと言う。

 

一番大きな問題は「腰を入れる」という言葉の認識の違い。

腰を入れるという言葉の認識が本人は、

 

胸を前に突き出すので、自然と腰は反る形になる。

反っている状態から腰を戻そうとするとブレーキがかかってスピードが落ちる。

だから腰を入れるということは更に腰を弓なりに反らせること。 という認識でした。

 

しかし実際には、腰が入っている=腰が反っている は間違った認識です。

(腰が入っている状態についてはこちらの記事を参照して下さい。)

 

腰が反った状態のまま走るといくつか弊害がありますが、

特に短距離走で影響するのが、最高速に入った時に、

身体が浮いてしまい、踵が空振りし前足部で接地してしまい、下肢の力が地面に伝わらず、

力は空回りするばかりで、一定以上のスピードがでないという状態です。

 

呼吸を変化させ、腰を入れて、稲妻のような激しい踏み込みのある走りへ

腰を入れるといっても、

仙骨を意識的にたくし込むような運動戦略は走る動作には邪魔になります。

かといって逆に仙骨を前傾させ、腰椎が前弯すればやはり腰が反り返ります。

 

そこで今回は腹圧呼吸(IAP呼吸)を利用したアプローチを使用しました。

腹圧呼吸(IAP呼吸)とは簡単に言えば息を吸うときも吐くときも

お腹を凹ませずにお腹周りを膨らませたまま息を吐き切っていく呼吸方法です。

 

 

ただ、腹圧呼吸と書くと腹式呼吸の『腹式』という言葉のイメージからか、

お腹を前だけに膨らませてしまいがちですが、本来、腹式呼吸とはお腹が前だけではなく、

前後左右に広がるものです。なので前だけでなく後ろ、つまり背中・腰まで膨らみます。

 

背中・腰が膨らむことには腰が入っている状態を作りやすい他に

メリットはいくつかありますが、

走る際に地面をしっかりと強く押し込めるというのが一番大きなメリットでしょう。

 

 

実際に体感するには準備体操などで行われるアキレス腱伸ばしがわかりやすいです。

 

 

アキレス腱伸ばしの姿勢を取り、後ろ足の踵が地面に付くか付かないかの位置から

呼吸で背中・腰は膨らませると、下肢背面の筋肉がさらに伸張され、

踵がしっかりと地面に付くようになります。

 

ここで大事なのは『呼吸で柔軟性が増した』などではなく、

呼吸によりハムストリングスを中心とした下肢背面の筋肉で

より地面を強く押し込むことができるということです。

 

息を吸う際に腰をしっかり膨らませ、それをキープすることで、

腰椎が過度に前弯することがないため、

走りが最高速に入った時にも身体が浮き上がりすぎる現象を防ぐことができ、

下肢もしっかりと接地されます。

 

また、しっかりと接地させることで、腰が反っていた時よりも強い床反力が発生します。

そして呼吸により脊柱が安定しているため、下肢から伝わった床反力が逃げることなく、

脊柱全体に伝わり、それが更に推進力に加わります。

 

 

 

全く変動がなかったタイムが一気に変わる。

 

実際に走ってもらうと、

『今まで足がちゃんとついてなかったのがわかった』

『なんだか足が今までよりもしっかり上がる。』との声が聞かれました。

この段階でもタイムは今までよりも縮まっていましたが、

 

ここから、この呼吸を維持したまま、

走るときには今まで通り胸を前に突き出すようにしてもらいました。

『難しいし、腰が慣れない分キツい。』とのことでしたが、

実際に走ってもらうと、ベストタイムより一気に1.5秒縮まっていました。

 

 

元々本人が努力していた土台があったため、身体環境を整えた上で

しっかり接地できることで本来のパフォーマンスが十分に発揮され、

急激にタイムが縮まったのだと思います。

 

本人からは

『今までだとこの速さが限界のところから更に2段階位上の速さが出てた感じがする。』

『速さに慣れなくてちょっと怖かった。正直速さに足が付いていけない所だった』

との声が聞かれました。

 

この方とは何回か走って貰い、本人がやりやすいいくつか個人のコツを見つけました。

・鼻から2回吸って口から1回吐くリズムにすると腹圧呼吸をキープしやすい。

・呼吸は走る前に作っておいて、走ってる最中は腰の膨らみをキープする事だけ意識する。

などなど、、、

 

そして最後に嬉しそうに『どう頑張ればいいのか方向性がわかりました!』

という声が聞けて、こちらも嬉しく思いました。

努力している人に結果がついてくるのは素晴らしい事です。

 

最後の大会では公式ベストタイム14.1秒を更新し、12.8秒が記録されました。

 

運動戦略を変えるには呼吸を変えるのも一つの手段

もちろん呼吸だけで全てが解決されるわけではないため、

向上したパフォーマンスをさらに向上させるために、

様々な視点から今後も診ていく必要はあります。

 

ただ、今回の記事をお読みになられている方が、同じような悩みを持っており、

今回の記事の内容が盲点であれば、お試し頂いて損はないと思います。

 

あくまで呼吸の様式を変えることも一つの手段。

より多くの視点を持って、より良いパフォーマンスの実現を図りましょう。

最後までお読み頂きありがとうございました。

 

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