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2019年01月14日
「マウンドが合わない」原因は眼と脳にあるかもしれない
文:岩渕 翔一
結果が出ない、よく打たれる、なにかしっくりこない。
ピッチャーがこういった傾向にある球場を指して「マウンドが合わない」と表現することがあります。
一般的には、マウンドの硬さや傾斜、高さなどを指してこのように言っていることが多いですが、それは本当にマウンドの問題でしょうか?感覚的に「しっくりこない」原因をなんとなくマウンドが合わないと表現してしまっていることはないでしょうか?
少なくとも、「しっくりこない」だけでは現象が曖昧で解決策を立てることができません。
そして、「マウンドが合わない」原因が、マウンドそのものにない場合が実は多くありますが、「マウンドが合わない」という言葉から無意識にマウンドそのものに意識が向いてしまいやすくなります。
今回の記事は「マウンドが合わない」という表現が一般化した今、もう一度その原因にどのようなものがあるか見直さなければいけないというメッセージです。
マウンドそのものに対する対応力
マウンドそのものの形状はルールで決められています。
直径18フィート(5.4864m)の円形に、土を盛り上げた構造で高さは10インチ(254mm)と定められています。
投手板(ピッチャープレート)はこのマウンドの中央に埋め込まれ、横24インチ(609.6mm)縦6インチ(152.4mm)の長方形で、ホームベース先端までの距離は60.5フィート(18.4404m)です。
しかし、実際は、ここまで厳密に管理されているマウンドはなく、
・人の手で整備されている
・使用している土は球場によって異なる
・気候(前日に雨が降ったなど)でマウンド条件が変わる
・投手自身がそれぞれ投げやすいようにマウンドを削る
こういったことからマウンドによって様々な違いが生まれるのは事実で、投手としては当然それに対する対応力というのは身につける必要があります。
これに関しては諸処の考え方や対応法がすでに多くありますので今回のテーマからは省きます。
しっくりこない原因をもう少し広く考える
当然ですが、野球をやるのは野球場(グラウンド)でマウンドがあるのは野球場の中です。そして、野球場そのものも球場によって大きさや形、フェンスの色などの違いがあります。また、どの方角を向いているかなどは太陽との位置関係や風を気にする野手にとっては重要です。
ここで注目したいのは、これら球場の持つ特徴です。投手板からホームベースまでの距離は決められているので、投手から捕手までの距離はどの球場でも変わりません。
しかし、球場によって大きく異なるのは、
・ホームからバックネットまでの距離と形状
・バックネットの色や形状、素材
投手に大きく関わる違いとしてこの2つが挙げられます。
球場によってホームベースまでの距離を近く感じたり、遠く感じたりすることがありますが、実際距離は同じはずです。それにも関わらず、そこに違いが生まれるということは「認識する過程の問題」の可能性が浮上します。
つまり、背景と環境は球場によって色々な違いがあります。その違いがホームベースまでの主観的遠近感の変化という現象を生んでいる可能性があるということです。
ここで、それを認識するための受容器となる「眼」と、その情報を処理する「脳」という観点が生まれてきます。
投手に必要なビジョントレーニング
アスリートがする眼のトレーニングというと真っ先に頭に浮かぶのは、動体視力のトレーニングでしょう。速く動くものをしっかり眼で捉えることや、眼で認識したものに対し素早く動くようなトレーニング(眼と身体の協応動作)です。
もちろん投手にとってもこういった動体視力の強化は重要ですが、実際はこれ以外にも必要な眼の機能はたくさんあります。
上記にあげた遠近感を適切に認識するという眼の機能で特に重要なのは、「深視力」です。
[深視力]
深視力とは、物体の位置関係や奥行き、距離感を適切に把握する力です。トレーニングによって鍛えることができる眼の機能は眼球運動と、焦点を合わせる力の2つで、深視力の強化には両方の機能が重要です。
その2つの機能両方に筋が関与しており、その筋は大きく分けて、内眼筋と外眼筋があります。
・内眼筋
内眼筋とは瞳孔括約筋と毛様体筋のことをいい、動眼神経という脳神経により支配されています。瞳孔括約筋は瞳孔を収縮させ光の量を調節します。毛様体筋は水晶体の厚さを変化させて焦点を合わせたりする筋肉です。
・外眼筋
外眼筋とは眼球運動を行う筋肉で、4本の直筋(内直筋、外直筋、上直筋、下直筋)と2本の斜筋(上斜筋、下斜筋)があり、動眼神経、滑車神経、外転神経に支配されています。
これ以上専門的になるとややこしくなるので、理解していただきたいのは以下の点です。
・眼球運動は両側の6本の眼筋(左右合わせて12本)全てがうまく組み合わさって作動してはじめてあらゆる方向に協調的に動く。
・外眼筋のうちどれか1つでもうまく動かせないと複視が生じ、対象物が網膜上に正しい像を形成できなくなる。
・例えばどんどん近づいてくる物体をみつめる時は、輻輳反射(広義の寄り目だと思ってもらっていいです)と調節反射が作用する。随意的にも反射的にも反応する(内眼筋、外眼筋両方が作用するということ)。
・眼のトレーニングは前頭葉のトレーニングと言われることがあり、イメージ力や動機づけに基づく意思決定や潜在的な意識の処理も行なっていると言われている(その局在性や正確な走行は未だ不明)。
つまり、深視力を強化するには内眼筋と外眼筋両方のトレーニングが必要だということです。さらに厳密には動体視力や身体との協応動作においても内眼筋と外眼筋のトレーニングが主になるため、この2つの筋に対する多様なトレーニングが眼の力を鍛えることに繋がります。
今回は深視力に着目した基礎的なトレーニングを紹介します。
[内眼筋のトレーニング]
このトレーニングはあえてそういう時間を作らずに、練習や試合の中で行うことを習慣化することを勧めています。
方法は簡単です。
1.自分の指もしくはグラブを目の前の視界に入るところに置く。グラブの場合は両目で行なったり、片目をグラブで隠して片目だけで行なったりすると良い。
2.そして、その奥にある物(具体的にはフェンス、自チームの選手、ホームベース、ベンチ、ポールなど)と交互に焦点をあてる。2点交互だけでなく3点や4点を設定し、順に焦点を合わすようにするなど行っていく。
これだけです。できるだけ色々な場所や球場で行うことで遠近感を適切に認識できるようになります。
[外眼筋のトレーニング]
基本的な眼球運動です。眼球運動は基本の運動として追従・跳躍・輻輳の3つがあります。
運動方法は以下です(運動方向は縦、横、斜め、円運動で実施します)。
・追従
目標物を目だけで追う。図の線を目で追う。
顔の前40cm前方、30cm四方の範囲で2往復ずつ縦横斜め、円方向2回を左右両周り。
・跳躍
2つの目標物を交互に見る。図の点と点を交互に視る。
顔の前40cm前方、30cm四方の範囲で2往復ずつ縦横斜め。
・輻輳
いわゆる寄り眼。両眼の間に目標物を近づける。眼から5cm以内まで両眼を寄せて視ることができるかが指標。
注意点は、頭頸部が眼の動きにつられて動かないようにすること、特に追従は眼球が一定のペースで動くことです。
眼前に両親指を立てて行ったり、紐があれば追従は紐を持って行います。また、円方向の追従はペアを組み、指を円方向に動かしてそれを追うようにすると良いです。
まとめ
・マウンドが合わない原因がマウンドそのものにない可能性があることを前提に原因を探る必要がある。
・受容器である眼と、認識する脳に原因がある可能性を考える。
・色々な球場で距離感を適切に把握するには深視力が重要である。
・深視力を鍛えるには内眼筋と外眼筋のトレーニングをする必要がある。
・内眼筋と外眼筋のトレーニングは動体視力や眼と身体の協応動作など、ビジョントレーニング全般の基礎となる。
・今回紹介した基礎的な眼のトレーニングは今行っている練習や生活の隙間時間で十分できるので習慣化していくことが重要である。
今回は「マウンドが合わない」原因の可能性の1つに言及しました。
もちろんマウンドそのものが合わない可能性もあります。今回のように眼に課題があるかもしれないですし、もっと他の要因かもしれません。
いずれにしても現場で起こる現象を抽象的なままで捉えていては、解決策は見出せません。「マウンドが合わない」という表現が抽象的であるからこそ、選手はその原因が特定できず困惑していることが想定されます。
だったらトレーナーや指導者はその原因をしっかり具体的に評価し、対策を講じていく必要があります。
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