スポーツや医療における普通は「ふつう」じゃない

医療の世界では「普通」という表現をよく使います。

 

「普通はこれくらいです」

「普通にしていれば大丈夫です」

 

本当に便利な言葉ですが、一般的な普通が医療の世界では普通ではなかったりすることも珍しくありません。

選手が普通と思っていてもそれが我々トレーナーにとっては全然普通ではない場面は、皆様もこれまでに経験されたことがあるのではないでしょうか?

 

JARTAの赤山です。

 

ちなみに私のことをご存知の方はよく知っていると思いますが、私は普通という表現が嫌いです。

スポーツや医療における普通は「ふつう」じゃない1

 

代表の中野と同じくかなりの『あまのじゃく』です。

これはきっと両親の影響を多分に受けていると思うのですが、私の両親は皆が持っているからゲーム機が欲しいと言っても絶対に買ってくれませんでした。

 

「なんで皆が持っているものが欲しいのか?」

「流行っているから欲しいのか?」

「そこに自分の意見はどこにある?」

 

このように小学生の頃から育てられました。

 

おかげで「教科書でも本当のことが書かれているのか」、「先生の言っていることは本当なのか?」という視点は学生の頃から常にありました。

疑問を解消しないと気持ちが悪いような性分に育てられてしまったのです。

 

今回は先日患者様から頂いた話を元に、普通ってなんなんだろうということに対して疑問を投げかけたいと思います。

 

それは「ふつう」?

半月板損傷の患者様で、長距離ランナーでした。

自身も現役でありながら小学生の陸上スクールで指導をされているという方で、私が指導した内容をすぐに選手に試したり、ケアやトレーニングを導入されており夏場に大きな気づきがあったようです。

それは、指導していた選手が中学生に上がって練習がハードになっても、スクールの卒業生だけが練習をリタイアせずに練習に参加できているということです。

 

その時の会話の中で、「ふつうは中学に上がると練習量も急に増えて夏までに何らかの故障をする子がほとんどなんです」、「でもうちの子達だけが故障せずに練習参加できてるんです、これってふつうですか?」と聞かれました。

 

その疑問に対して私は、

「それがふつうじゃないでしょうか」

と言いました。

 

スポーツや医療における普通は「ふつう」じゃない2

 

私は以前コラムでスポーツの5月病というテーマで記事を書いています。まだご覧になっていない方はぜひお読みください。

参照) スポーツ業界における五月病とは?

 

ここに書かれているのが現在の部活動のおそらく普通です。

でもしっかりと準備や知識を得ることでそれが普通じゃなくなる。私たちが目指すべきところはそこにあります。

 

私のサポートしているチームには慢性障害を抱えている選手はほぼいません。しっかりとしたサポートが包括的にできれば慢性障害はなくなると思っています。

 

まとめ

50年後くらいに教科書から慢性障害のページなくなるくらい、正しい身体の使い方やケア、トレーニングが普及すればきっと日本は世界で活躍できるのではないかなと思っています。

皆様の中で「これは普通じゃない!」と感じるスポーツ現場での現状や、新しい普通について考えている方がいらっしゃいましたら、ぜひメッセージをください。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。