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2019年02月04日

[動画付き]脱力がスポーツに重要な理由を論理的に解説します

文:岩渕 翔一

 
脱力することがスポーツに重要であることは多方面で聞かれるようになりました。一方、なぜ重要なのか?という核心的な部分においては未だ、抽象的な解説が多いようにも感じます。
・脱力している方が筋出力が大きくなる
・体性感覚が良くなる
・無駄な力が入らない分疲れにくい
・予備動作が起こりにくい分、動き出しが早くしかも相手に察知されにくい
 
このようなことが言われています。今回は、これらの「なぜ」をもう一段階深掘りし、論理的かつ具体的に考え、なぜスポーツにとって脱力が良いのか?を簡単な実験を交えて解説します。
 
 

重く感じることと、重くなることを区別する

 
こちらの動画をご覧ください。


 
1回目は軽く持ち上がる
2回目は重いけど持ち上がる
3回目では重くて持ち上がらない
動画を見ていただくとこのようになっていきますが、これは身体操作でいうと、
1回目脱力してない
2回目はそこそこ脱力している
3回目はおもいっきり脱力している
と変化をさせていっています。つまり、脱力すればするほど持ち上げる側からすると重くなるということですが、まずはなぜ脱力すると重くなるのか?を理解することが必要です。
 
この現象はよく、脱力している(力が抜けている)ので1つの物体として捉えづらく持ち上げにくくなるから重く感じるというように説明されることが多い印象です。
 
ようは、重さが変わっていないのに重く感じるのは、身体の使い方が問題だということですが、これは誤りです。
もちろんそういった捉えどころがないから重く感じるという要因はありますが実際、重さは変わっています。ここで大切なのは、「重く感じること」と、「重くなること」を明確に区別してください。そういう意味で力が入っているより、脱力したほうか重さは重くなります。
 
そのことを証明するために、体重計を使った簡単な実験を行ってみます。
体重計の上でスクワットをしてみてください。落下運動時は実際の体重より軽く、起立運動時は実際の体重より重く表示されるはずです。
次に体重計の上からジャンプをしてみてください。飛ぶ瞬間、数値が実際の体重より大きく表示されると思います。
 
これはなぜでしょうか?
体重計というのは、その人が持つ質量ではなく、その時に発生している抗力を計測しています。抗力とは、物体が接触している他の物体や地面等の固体の面を押しているとき、その力の面に垂直な成分に対し、作用反作用の法則により、同じ大きさで反対向きの固体の面が物体を押し返す力です。
 

体重計はこの作用反作用の法則を利用して体重を計測しています。そのため、体重計の上で静止することでその人の持つ質量とほぼ同程度の重さがその時に発生する抗力となるため質量と同程度の数値が表示されますが、体重計の上で動いていると数値が安定しません。これは誰もが経験したことがあるはずです。
 
先程の持ち上げる実験で見たように「脱力したほうが重さは重くなります」。しかし、その物体が持つ質量は全く同じままです。変化するのは、物体そのものにかかっている下向きの力です。質量は宇宙の中どこにあっても同じですが、重さは重力加速度(地球上では9.8m/s2)と質量の掛け算なので変化します。
 
質量とはその物体が有する量であり、どこにあっても変化しません。
重さというのは力であり、質量と加速度を掛けたもの(F=ma)です。地球上の物体には常に下向きの重力加速度(9.8m/s2)が掛かっているとうことです。
しゃがんだり立ち上がったりする際は加速度と加速度のベクトル方向(力の向き)が変化しているため体重計の数値はその瞬間瞬間で変化します。
 
 

脱力すると重くなる物理的解釈

 
では、スクワットの相で実際どうなっているのかをみていきましょう。分かりやすいように体重60kgの人を想定してみます(重力加速度はどの瞬間にも常に掛かっているためここでは省きます)。
質量60kgの場合、
・質量(身体)そのものが持つ下向きの力=60kg(これはどのような条件でも変わらない)
・その瞬間の作用力(作用点における下向きの力)=体重計に表示されている数値
・その瞬間の反作用力(身体が受ける上向きの力)=体重計に表示されている数値
それぞれこのようになります。
 
[立位で静止している時](作用反作用の法則の図参照)
この時はほぼ質量と同じだけの抗力を受けているので体重計には実際の質量とほぼ同じ数値が出されます。この際、体重60kgの人であれば、60kg分の抗力を身体に受けているため身体に対して下向きの力が60kg、上向きの60kgの力が働きます。
質量=60kg
その瞬間の作用力(作用点における下向きの力)=60kg
その瞬間の反作用力(身体が受ける上向きの力)=60kg
それぞれ同じ数値のため、プラスマイナス0で拮抗して安定し静止しているということです。
 
 
[しゃがみこんでいくとき]
このときは質量が下に向かって動いています。ですので、抗力は実際の質量より軽くなります。ここが最も重要で、抗力は小さくなっているが、質量は変わらないため身体そのものが持つ下向きの力は60kgのままであるということです。仮にこの際、体重計が40kgを示している瞬間を切り取った場合、身体が受ける反作用の力は40kgとなります。しかし、身体が本来持つ質量は60kgであるため、作用力は40kgであっても垂直下向きの力は変わらず60kgであるはずです。
質量=60kg
その瞬間の作用力(作用点における下向きの力)=40kg
その瞬間の反作用力(身体が受ける上向きの力)=40kg
身体に働いている反作用力は40kg、身体そのものが持つ下向きの力は常に60kgのため、下向きの力は静止している時に比べて20kg重いということです。

 
 
[立ち上がっていく時]
このとき、質量は上に向かって動いています。そのため、質量をさらに上に上げていくために、質量以上の抗力がかかるため、体重計の値は質量より重い数値が表示されます。仮に体重計の数値が80kgと表示されている場合、反作用である上向きの力は80kgですが身体そのものが持つ下向きの力は質量と同じ60kgなので、静止している時に比べ上向きに20kg分の大きい力が働いていることになります。
質量=60kg
その瞬間の作用力(作用点における下向きの力)=80kg
その瞬間の反作用力(身体が受ける上向きの力)=80kg
身体に働いている反作用力は80kgに対して身体そのものが持つ下向きの力は常に60kgのため、下向きの力は静止している時に比べて20kg軽いということです。
これが立ち上がる際ですが、立ち上がるスピードをどんどん速くしていけば、そのうち下向きの力を超えると上向きの力が身体に得られるため接地面から身体が離れる(ジャンプできる)ということになります。

 
 
次にこれを動画にある持ち上げる実験に置き換えて考えてみます。
最初1回目は体重計の上で静止している状態。つまり、質量と作用反作用全てが同じ数値で拮抗しているため、質量と同じだけの力がすでに上むきに働いています。
2回目はそこそこ脱力し自分自身の質量を自分自身で支えることを感覚的に半分くらい放棄しているため、その分抗力は減少します。しかし、実際の質量は体重が60kgであれば60kgで変わらないため、反作用である上向きの力が小さくなった分、下向きの力は強くなるため重くなります。
3回目は持ち上げられるタイミングで完全に脱力しているため、効力はほぼ0になっています。身体に働く上向きの力は0に近いため、下向きの力はいきなり質量60kg分がそのままかかっているのでさらに重くなります。
 
このように脱力することで抗力が小さくなり、身体に働く上向きの力が小さくなった分下向きの力は大きくなります。ですので、持ち上げるという行為を例にとった場合、脱力すればするほど実際に重くなる(下向きの力が大きくなる)ということです。
 
 

脱力がスポーツにおいて重要な理由と具体例

 
このことがスポーツにおいて重要であることは以下の通りです。
・落下運動そのものは、脱力を行い、限りなく抗力を0化することで重力加速度がそのまま質量に掛かり、最速の落下速度となる(外力が働かない場合)。
・脱力することで下向きの力が強くなるということは最終的に身体のある部分を着いて反力を得る瞬間、この脱力によりいかに下向きの力が大きくなっているかが大きい反力をもらうために鍵になる(例えばゆっくりしゃがむより速くしゃがむほうが、ジャンプが高くなることはこの原理)。
・格闘技やラクビー、バスケットボールなど対人または接触プレーがある競技において、瞬間的あるいは好ましいタイミングでの脱力が重要で、場面場面で小刻みな脱力を使うことで重さと抗力をうまく活用できる。
 
このような抗うことのできない普遍的な原理原則による効果があるため、脱力はスポーツにおいて重要だということです。脱力をスポーツで効率よくパフォーマンスにつなげるためには、単に脱力するだけではなく、脱力スピードとタイミングが鍵になることは想像できるかと思います。
 
 

まとめ

 
今回はいかに身体の質量をうまく使うかという観点で、脱力による落下運動をベースに実験を交えて具体的に解説しました。
スポーツにおける脱力するメリットは、より大きい力を生み出すための手段であるということです。 よりシンプルにわかりやすくする為、実際の計算では重力加速度やベクトル方向に関しては可能な限り省きました。
当然、スポーツの実際は瞬間瞬間で比べものにならないほど複雑なことが起こっているという前提なのはいうまでもありません。
 
 
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 
 

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