貝瀬敬司


 私が現在スポーツトレーナーという仕事に対して抱く想いは主に三つあります。

 一つ目は憧れ。二つ目は不安・恐怖。三つめは覚悟です。

 一つ目の憧れ。

 学生スポーツ、プロスポーツ問わず感じることは、明るさ、楽しさ、感動、華やかさなど明るく前向きな印象です。
目標に向かって日々努力し個人競技であれば自己を超え、チームスポーツであればチームの勝利を目指していく。一生懸命、自分の時間と思考を費やす選手たちの近くで、個人やチームの支えとして存在するスポーツトレーナーという仕事に対し、
「いいなあ」 「羨ましいなあ」 「格好良いなあ」
という憧れに近い想いが自然に沸いてきます。
※今の自分と違いますし、そうなりたいと感じているので妬みも入っていると思います。
 どんなスポーツでも表に出てくるのは選手・監督だと思いますが、私はその裏で働く存在にずっと興味がありました。
 私は選手として、野球、陸上、クロスカントリースキーを経験しました。どんなに頑張っても勝てない、勝てそうもない相手やチームを見たときに、裏に何があるのだろう?と思いました。具体的には、どんな人がトレーニングを考え、どう教えてあんなに速く綺麗に走ったり、滑ったり、強いチームになるのだろう?と選手の時は常に考えていました。当時はスポーツトレーナーという概念は理解していませんでした。
 私が競技をしていた20〜25年前に比べ雑誌やインターネットで選手やチームの裏で働いているトレーナーの活動を目にする機会が増えたと思います。そうした情報に触れるたびに、いいなあ、格好良いなあという憧れに近い想いが出てきました。
 その憧れの想いはJARTA講師陣と同じ時間、空間を共有させて頂いたことでより一層強くなりました。一流選手と接しているトレーナーから感じる立ち振る舞い、表情、雰囲気、話しは雑誌やインターネットでは感じることはできません。憧れが強くなればなるほど次の想いが出てきました。

 二つ目は不安・恐怖。

 一つ目の憧れはただ単に外から見て感じた想いであることがJARTAの研修で自覚しました。外から見た憧れが強くなるほど、自分に置き換えて考えるうちに不安・恐怖が出てきました。
 アマチュア、プロ問わずスポーツトレーナーとして対価を得て仕事をさせて頂くということは、妥協なく結果が必ず求められることだと思います。
 今まで私は少年野球に8年間、高校野球に10ヶ月関わらせて頂きました。その時間どれもが対価なくボランティアです。今考えると、私側としてはかなり妥協があったと思います。妥協があったということは、それなりの準備をして現場に行っていなかった証拠だと思いますし、結果に対して自己責任の意識が薄かったです。
 対価を得るということは、非常にやりがいがありますが、反対に不安・恐怖がつきまとうものだと考えます。
 最終的に結果が求められるのでしょうが、結果までいく前に色々な不安・恐怖が湧いてきます。
 「相手と上手く話せるのか」
 「相手が求めている方法を提示できるのか」
 「相手が受け入れてくれるのか」
 「相手に伝わるのか」
 「相手が継続してくれるのか」等々
 不安要素を上げればきりがないのが今の想いです。こんな不安や恐怖の中でスポーツトレーナーの方々は生きているのかと思うと憧れがいかに外から本質抜きで感じていたかを自覚します。
 憧れが強くなるにつれ、不安・恐怖が増強。逃げれば楽じゃないかと思うのですが、何故か逃げる選択肢はありません。逃げずに不安・恐怖を減らしていくためにどうずれば良いかと考えると、三つめの想いが出てきました。

 三つめは覚悟。

 外から見て憧れ、本物と接して不安、恐怖を感じた後に出てきた想いは覚悟です。
 私自身スポーツをし、怪我や手術を体験して苦しい想いをしたこと。センスがないと言われ、柔らかく上手に動くことができなかったこと。なぜ何回も怪我を繰り返すのか。なぜ監督・コーチに言われた動きができないのか、そんな想いを抱いている選手の力に少しでもなりたいと強く思います。
 自然にそう思うのであれば、不安・恐怖は覚悟で乗り越えられると今は考えています。
 乗り越えられると言うのは簡単ですが、実際は日々の積み重ねしかありません。今までも何となく積み重ねてきたつもりでしたが、本当に不十分だと感じています。
 貝瀬敬司として理学療法士として親としてJARTAで学ぼうと決めたきっかけがあります(※)。それぞれを日々高め、スポーツトレーナーとして現場で選手・チームに協力できる存在になれるように覚悟を持って生活していこうと思っています。
 憧れて、不安・恐怖を抱き、覚悟するところまで来ました。スポーツトレーナーとして不安・恐怖がなくなる日は来ないと思います。不安・恐怖を前提条件と捉えそれを覚悟で乗り越えようとするところに、スポーツトレーナーがあるのだと思います。
 そして、これはスポーツトレーナーという仕事に対する想いとは少し違いますが、地元南魚沼市に理学療法士・スポーツトレーナーとして貢献していきたい強い想いが同時にあります。
 以上が、私のスポーツトレーナーという仕事に対する想いです。ありがとうございました。

※JARTAで学ぼうと思ったきっかけ

1 貝瀬敬司の想い
 10年前から母校に来たら一緒にやろうと約束(身体のことは任せろと豪語)
 同級生教員が母校の監督に就任した。
 監督の考えとして、今流行りの筋力だけじゃ上手くならない
 動きを高めるトレーニングは何かないか
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2 職場、理学療法士としての想い
 介護保険下での業務(通所・入所・訪問・介護予防)
 自分の身体状態が変わらないと諦めている方が多い
 一人に割ける時間が少ない
 短時間で状態変化感じ、まだまだいけると思ってほしい
 在宅生活なので短時間・セルフで良い方法がないか
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3 親としての想い
 2番目が新生児てんかんで生まれる
 発達遅滞
 PT、親として何かできないか
 背骨、軸が弱い
 身体の真ん中を何とかできないか
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